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いいから黙って抱きしめろ。

ただいまとか おやすみとか 愛しているよとか。

「望まれる」と「望む」の間で。(其の一)

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人生に於いて、他者から必要とされることは

無視できない大事なことだとわたしは思う。

 

今のわたしにとって、それは仕事だ。

 

 

 

昔、部活動に明け暮れていたとき(吹奏楽部だったよ)

表現することの楽しさを知ったわたしは

のちにこれと深く関わるか、すごく悩む。

 

悩む、のだけれど

 

「誰からもそれを求められなかったとしても、それをやり続けられるか」

 

という問と対面したとき、そうだと答えきれなかった。

 

 

 

 

わたしはどこかへ届くボールが投げたい。

 

そう思ったときに、「必要とされていること」が、

自分の人生の中でどれほど大きな比重を占めているか

思い知ることとなった。

 

 

 

自分の技術が、想いが、届く仕事がしたい。

 

演奏者になることも、コピーライターになることも追いかけられなかった理由は

 

「依頼者(届けたい人、届けるべき人)」が明確にいるのか。って

ところだったのだと思う。

 

 

 

 

自分がもし、演奏者になったら。

誰かに届け。とか、思って演奏するんだと思う。

(それはときに特定の人になりうるかもしれないのだけれど)

 

自分がもし、コピーライターになったら。

ターゲットへ届け。をものすごく深く考えて書くと思う。

(コピーはラブレターとかっても聞くけれども、不特定多数向けなのがすごい)

 

 

 

 

いま、わたしが撮らせていただいている対象は、依頼者が被写体。

 

だから

 

「あなたに届け」

 

をすることができる。し、それが望まれていると思う。

 

 

 

これはわたしの人生に於いても、

すごく、すごく大事なところだと思う。

 

目の前にいる人のことを思って、想像して

って、結構エネルギーを使う。けど。

 

 

どこかのだれかへ、届け。が出来ないと知ったわたしでも

あなたに届け。ならできるし、したいんだな。と思ったんだよ。

 

 

 

ここまで書いていて、あれこれ書きたかったことの半分しかかけてない。

ということに気がついたので、その続きはまた今度書こうかと思います。笑

 

 

 

届けたい対象に向かって、素敵だな、好きだな、を届ける。

今はそれを全力でやりたいな。

 

 

 

今日も会いに来てくださってありがとう。

 

 

 

存在を望まれるって、結構奇跡です。

 

 

それではきっと、また明日。